私にとって旅は心の栄養を与えてくれるもの 
旅立ち
2003年8月12日〜17日

波乱の出発
2003年8月12日
国道一号を環状8号線へと入る。妻の実家まであと8キロ、夏の日差しの中を順調に車は進でいた。 しかし瀬田交差点近くで、突然渋滞がはじまった。車内時計は2:45を指している、ナビゲーションシートをでは、ペットのチョビ(ボタンインコ)が退屈そうに、鳥篭にへばりついている。 一時間が経過しても、全く動く気配の無い渋滞の中で、私のイラ発ちはピークに達していた。 焦る気持を押さえて、高校野球に耳を傾ける。少しだが心にゆとりを持てる様になった。 そう、これから私はハワイへ旅立つのである。チョビを妻の実家に預け、そのまま成田へ向かう予定で車を走らせている。歩腹前進をする兵士にさえ、余裕で抜かされそうな進度で妻の実家へたどり着いた。 マンションの入り口で出迎えてくれた義父に、鳥篭ごとチョビを押し付けて、私は下車をする事無く首都高入り口に向かった。用賀の料金所が混んでいる、とても悪い予感がする。この次点で予定より90分のタイムロスをしている。私にとって、この先の渋滞は命取りなのである。
8月12日うだる暑さの中、不動の車列は陽炎を造り彼方まで続いていたのであった。@首都高渋谷線
などと言っている場合ではない!「飛行機に乗り遅れる!」頭の中を駆け回るのはその言葉のみである。 芝公園辺りから、少し流れが良くなり始めた。レインボーブリッジを通り抜け湾岸道路へと合流、完全に渋滞は、解消されていた。おおお、神のご加護よ!心でそう叫びながらアクセルを踏み込む。おまわりさんゴメンナサイ状態で、車は成田に向け疾駆する。
52分後・・・私は出発ロビーに居た。関係各所へYahooCafeより挨拶を済ませ、出発ゲートへ向かう「ハワイへ行くのだ」と言う実感が込み上げて来た。日本での最後のタバコを楽しむため、喫煙ルームに居ると「日本航空8072便 成田発ホノルル行きは、機体整備の遅れにより、皆様のご搭乗が遅れる見込みです」と言うアナウンスが流れた。 命を張った東関道進行をちょぴり後悔しつつ、タバコを吸う私であった。結局約30分の遅れで、無事離陸となり、南の島へ向かう機中では乗客として酒を飲む私がいたのであった。めでたしめでたし←終わってどうっする

初めてのレンタカー
2003年8月12日(現地時間)
色々あったお陰で、機内ではゆっくり寝ることができた。ホノルル空港到着は定刻をそれ程越えるものでは無かった。2両繋のトラムに乗車(wikiwikiBus)、エスカレーターを下るとイミグレである。
いつもよりスッキリした頭で長い列の後方に加わった。
入国審査官は優しいそうな親父さんで、ニコリと頷き通してくれた。
いよいよ数ヶ月ぶりのハワイ上陸である。個人用出口から外に出ると青空が、目に痛いほどであった。早速7時間ぶりの一服を楽しみ、レンタカー会社のピックアップバスで、ダラーのオフィスへ向かった。今回はハワイ11度目にして、初のレンタカー利用である。と言うより海外初レンタと言った方が良い。手続きはアッサリしたもので直ぐ済んだ(全て助手のぽなぺんがやったのだが)受け取ったキーになにやらイヤな物が付いていた、禁煙マークである。ハワイのレンタカーは禁煙が常識らしく、当たり前の様に渡された。今回予約したのはコンパクトタイプなので、マーチクラスの車を想像していた。しかし指定場所で車とご対面してみると、意外にデカイ、我が家のカリーナより大きいかもしれない。ハワイではこのサイズがコンパクトなのだ!さすがアメリカと感心してしまった。DODGEのSTRATUS(白)がハワイ滞在中の足になってくれる。
←借りたレンタカー、画面をクリックして、ご覧下さい
ドジとも読める車なだけに、ドジな運転をしないように心掛けて、車をスタートさせた。NIMITZ HWYをワイキキ方面へと向かう、緊張で手に汗が滴る。車線変更を数回行い、車の車幅を確認しつつ慎重な運転を心かける。運転免許取得当時を思い出す緊張感である。ところが人間が図々しくできているのか、アロハタワ−を横目に見る頃には、運転に若干余裕が出てきた。最初の目的地アラモアナセンターに到着する時には、すっかりロコ気分でハンドルを握っていた。 ここまで、ワイパーを一度も動かしていない。(左ハンドル車は、ワイパーとウインカーの位置が、日本車と逆なのだ)がしかし、アラモアナのパーキングに車を入れたとたんに、目の前をワイパーがスーッと滑らかに動いて行った。(苦笑)「アメリカの車は、ワイパーも大きな」と口ずさみごまかす。本来の予定では、この後カネオヘに向かう予定であったが、時間も多少切迫しておりため。アラモアナセンターにて、ハワイ第一食目を戴く事と致し、大きなラザニアかぶりつく。 さすがに日本人の胃袋には、はみ出るサイズのランチで少々残してしまった。3時のチェックインまで多少時間があるため、再びハンドルを握る事にした。ダイヤモンドヘッドロードの海側の道をカハラ方面へと向かう、右手に広がる美しい海は、言葉で表現する事を拒むものである。途中のルックアップポイントに車を止め、パチンコの戦利品のデジカメをパチリ!う〜ん風が爽やかでここち良い。カハラモールを過ぎて、カハラマンダリンホテルへ迷い込む。数年前にダニーカレキニのショーを見に来た、懐かしいホテルである。「あの頃は、カハラヒルトンだったな〜」と思っていると、バリット待ちのボーイさんが手薬煉引いて、こちらを見ている。こりゃアカンと再び車を発進させて、向かうはサンデイビーチである。程なくビーチに到着し、パチンコデジカメをまたパチリ、少し波が高いが美しいビーチである。
←サンデイビーチ 原寸大画面をクリック
←やや荒れサンデイビーチ 原寸大画面をクリック
ビーチの余韻を楽しみながら、ワイキキへと戻る事にした。今回のアコモはパークシュアーホテル!
存知モーモートラベルご推薦のホテルである。 余談だが、今回エアーの手配が上手く行かず困っていた時に、モーモートラベルのワイキキタクヤン氏に助けられた。事の序でにと、レンタカーとホテルもお願いしたが、しっかりした対応で満足の行く処理をしてくれた。しかも全てが自宅のパソコンで出来てしまう便利さで、仕事が終わった深夜でも予約が可能な事が有りがたかった。予約した部屋はデラックスオーシャンビュー、なにやら豪華な響きである。期待に胸を膨らませつつ部屋に入る。小奇麗でサッパリした感じの良い雰囲気部屋であった、早速ラナイに出て見るとダイヤモンドヘッドとワイキキビーチが独占でき、カピオラニパークの緑も鮮やかな素敵な景色であった。
←パークシュアーホテル 原寸大画面をクリック
←ホテルロビー 原寸大画面をクリック
←ラナイ景色 原寸大画面をクリック
←ラナイ景色 原寸大画面をクリック
ホテルには満足したものの、部屋の隅に置かれていた、禁煙マークには参った。最近のアメリカは、室内施設(レストラン、ショッピングセンター等)のほぼ100%が禁煙であるが、遂にホテルまでその波が押し寄せて来たのだ。愛煙家の諸兄には、この辛さはご理解頂けると思うが、そうで無い方には当然と言ったところであろう!その昔アメリカ映画は、タバコをかっこ良く吸うスターが沢山登場して、幼心にタバコへの憧れを啓蒙した国である。にも関わらず、今や手のひらを返さんばかりの変わり様は、少々納得しかねるところだ。まあ家でも換気扇の下が私の喫煙スペースであり、今回は絶景のラナイが、それに代わるものにものになる。禁煙はともかく、到着したこの日に早速オフ会がある。 午後5時デュークス像の前で待ち合わせをした。しかし私がプールに行ったため、5分ほど遅刻してしまった。像の前に行くと、既によしP隊長とRuiRui君(以下るいぽん)が集まっており、頭をかきながらの合流となった。15分程度ライブカメラに出演し、日本にいる皆さんにご挨拶をした。出演者が遠慮がちに端の方に居るので、私はひとりで、中央に移動し愛嬌を振りまいていたが(少なくとも、愛嬌のつもりだった)、後日某サイト○○-ショップ○トフンをチェックしたら、私はひとりで黄昏て居たように見えた様だ。(苦笑)充分愛嬌は振りまいたので、早速オフ会会場へ移動する事に致しアストンワイキキビーチホテル2Fにある、レストランTIKISに移動した。ここでしおまみさん親子と合流して、参加6人のハワイオフがスタートしたのである。ボリュームのある料理に舌鼓を打ちながら、賑やかで話題の絶えないオフ会であった。
←このグラスは土産にもらえる 原寸大画面をクリック
←オフ会会場から夕景 原寸大画面をクリック

←ボリューム満点料理の一例 原寸大画面をクリック
このオフ会では、よしP隊長としおまみさんの英語力に、随分助けられた。必然、女性陣には頭の上がらぬオフである(笑)2次会は隊長の部屋に場所を移し、さらにさらに盛り上がった。隊長の部屋からの夜景は、やけいに綺麗で← (オヤジの駄洒落でございます。)夜風が気持良くつい長居をしてしまった。楽しい時間は、あっと言う間に終りと言うがその通りである。夜もだいぶん更けた頃解散となった。いやいや到着初日から盛りだくさんのハワイである。部屋に帰ると急に睡魔が襲って来た。ベットに入ると何の苦労も無く寝てしまった。今回も時差ボケにはならずにすみそうだ!明日はオイハギツアーである楽しみ楽しみ・・・・・・

8/13へGO