私にとって旅は心の栄養を与えてくれるもの 
喰いまくり旅行記
2002年8月12日〜17日

のどイガイガの出発
2002年8月12日
私の仕事は、なかなか辛いものがあった。それはまとまった休みが、8月のお盆の時期にしか取れない事である。このシーズンはツアー料金も高く、まさにTOPシーズンである。しかしハワイに行かないのは、もっと辛く私に死ねと言っているに等しい事である。この現実を今年は少しでも回避できぬものかと思い、その為には努力あるのみと考え手薬煉(てぐすね)引いて夏のツアー発売を待ったのである。
会社帰りにほぼ毎日、横浜駅のツアーカタログの置き場に通い8月のハワイツアー発売をチェックしていたの私である。その涙ぐましい努力の甲斐あって、まだ春も遠い2月の上旬のある日に、目指す夏のハワイツアー掲載カタログを発見!毎年一番早く発売される某航空会社のチープブランドツアー○VAである。昨日見た時には無かったシーズンのもので、明らかに本日発売を予感させるものであった。昨年はタッチの差でGETできなかった最安値ツアーを今年は何としても射止めんものと帰宅と同時にPCに向う。
この素早い行動が幸いしたのか、見事最安値「お手ごろハワイ、ワイキキ6日間」を手にする事が出来たのである。
前フリが長くなったが、今回のハワイ旅行はこの時から始まったと言っても決して過言ではない。かくして月日は流れ出発日8月12日の朝を迎えたのである。今回のエアーは華のつく航空会社 、出発は成田空港午後7時40分であるが帰省ラッシュを見越して 午後1時自宅を出発、愛車カリーナのハンドルも軽く大黒パーキングエリアあたりから首都高速へ入る。バックミラー越しの横浜ベイブリッジが「いってらしゃい、気を付けて」と微笑んでいるようである。大井で若干の渋滞に合うも、その後は順調に進み午後3時に成田市内に到着、なんとも順調過ぎるドライブであった。予約していた○アイ・パーキングさんに車を預け、一路第2空港ターミナルへ向う、早すぎる到着も何とか時間を潰して、出国へと漕ぎ着けた。ゲートが居並ぶターミナル内にYAHOOカフェなる無料インターネットカフェを発見し早速に、尾っぽを振りながら申し込みを済ませ 出国前最後の書き込みで、関係各位にご挨拶を行なう。成田第2ターミナルをご利用の諸兄には、このYAHOOカフェの利用を強くお勧めしたい、
←成田空港第2ターミナル、出発ゲートにあるYAHOOカフェ、画面をクリックして、ご覧下さい

7時10分搭乗開始のチャイナエアーCI018便が、今回私をハワイへ誘う機体である。午後6時50分搭乗ゲートNO87は既に人で溢れていた。チケッティングのさいに20分搭乗が遅れる情報を得ており、余裕のゲート到着である。これから約7時間暫し口にする事の出来ないタバコをゆっくりと燻らして搭乗を待っていると、さらに搭乗時間が20分遅れるとのアナウンスがあり、オイオイと思いつつも2本目のタバコに火をつける。さらに数本の喫煙を楽しんでいると再び「お客様にお知れせ致します〜」のアナウンス、何とさらに10分搭乗が伸びるとの事
中華航空はそば屋の出前! と気付いた時には、もう遅く吸い過ぎたタバコで喉がイガイガ状態に陥っていた私である。結局1時間遅れの出発となり、イガイガ喉と共に超乾燥空間である機内に7時間お世話になる身と相成った。
日付変更線を越え、窓のシャッターの隙間から薄日が漏れ始める頃, いつもの様にカウアイ島の緑が目に飛び込んでくる。やがて機体は最終着陸態勢へと移り、オアフ島の民家や道路が確認出来るようになると、気持はウキウキと向上し一年ぶりのハワイとの再会になんとも言えぬ喜びがこみ上げてくる。

スケベイタリアン
2002年8月12日(現地時間)
入国に全く問題なくノーチェックでイミグレを通過、人の良さそうなイミグレおばちゃんが唯一行なった質問は「アメリカは何回目の訪問?」であった。短いバス待ちの間に私のした事はタバコをスパスパ、チェーンスモーカーと化しスカイブルーの空に悪質極まりない煙を排出し、7時間の禁煙生活に終止符を打った。
空港からワイキキへ向う車窓には、オフィスへ出勤するスーザン寺崎(仮名)や力仕事に精を出すボブ(仮名)がハワイの日常を彩っている。 ホテルのチェックインは12時からできるので、ソソクサと今回の滞在ホテル、オハナワイキキホブロンに入り、まずはホテルの品定めである。海の見えないホテルは久しぶりであるが、これも最安値ハワイをGETした言わば戦利品と考た。まずは入り口、ゲストを滝のアトリユームが出迎え、池には鯉が泳いでいる。「フムフムナカナカのものではないか」と思いフロントへ外人用の高さに設置されたカウンターで、やや背伸びぎみにチェックインを済ませる。ロビーでは「こいつら何人だ」と思う言語で話す人々がたむろし、部屋へ向うエレベーターは天井が少し抜けている。しかし気にせずに「マアこんなもの」と、大らかな気持で部屋に入る。1711号室が今回のアコモになる。入室早々まず感じたのは部屋が狭い事、しかしオハナホテルズでも最安値ホテルなので、「こんな感じだよな〜と」許し、続いてトイレへ便器のフタOK、しかし便座か落ちてくる!男性には辛いかも・・・何とか使えないことは無いので「仕方ないかな〜」とココでも大きな度量で乗り越える。マドからの景色はビルばかり、クローゼットに扉が無く形容すると壁の窪みと言った感じである。冷蔵庫は古くうるさそう!さらにさらにセーフティーBOXはゴツク未だカギを使うタイプ。そんなこんなで結論としてはもう2度と来ないと決め今回に限り可と致す事にした。
←到着日のホノルルの街アコモより撮影、画面をクリックして、ご覧下さい
←狭い部屋を撮影したが表現できず画面をクリックして、ご覧下さい
到着早々ではあるが、早速Imochanに連絡をとり滞在中のレンタル携帯をもって来て頂く事にした。初対面のImochanは、なかなかの美人さんで直ぐに妻ぽなぺんと意気投合し暫し雑談を交わしていたが、その間も次々と舞い込む仕事の連絡を携帯電話で、てきぱきと処理する彼女はさすがハワイのキャリアウーマンと言ったイメージで好感が持てた。
夕食まで少々時間は出来たのでブラリとイリカイヨットハーバーあたりまで散歩を楽しむ事にした。パームツリーとビーチが羽場を効かすハワイで、イリカイのマリーナは一味違う趣を帯び私を向えてくれた。ノンビリと釣りを楽しむ老人を尻目にヒルトンのラグーンへと足を伸ばす。湖の様に静かで美しい風景はこの日も健在であった。そのままビーチへと向った私は、思わぬものを目にする事になる。ビーチから伸びた石積の堤防で子供たちが水遊びを楽しんでいる。そこへいきなり上空から黄色い自家用ヘリが舞い降りて来て、堤防に着陸した。序で遊んでいた子供達がニコニコしながらヘリコプターへ乗り移った、 次の瞬間再びヘリは上空高く舞い上がっていった。
こんなのアリかよ!と叫びそうになった自分を抑制し、周囲を見るとロコサーファーの兄ちゃんも口あんぐりの状態である。やはりハワイの日常にも起こらない、極めて珍奇な出来事のようであった。
←イリカイヨットハーバー、画面をクリックして、ご覧下さい

←ヒルトンハワイアンビレッジラグーン、画面をクリックして、ご覧下さい

←突然現れたヘリコプター、画面をクリックして、ご覧下さい

夕食はImochan手配のイタリアンディナー&タンタラス夜景ツアーでとる事とし、午後6時頃ホテルを出発した。まずは腹ごしらえである、「Imochan」や「ぷ〜さん」がスケベイタリアンと呼ぶ地元レストランに到着、キング通りにある静かな感じのイタリアンレストランで「MEDITERRANEO」と言う店である。イタリア人のオーナーシェフは確かにスケベそうであったが、イタリアの人は挨拶代わりに女性を口説くと聞いているので「なるほどザ・DNA」と言った感じである。しかして料理の方は大満足の品揃いで、最高のディナーであった。ハワイへ行かれる時は是非このツアーをお勧め致したい、大手のツアーデスクに頼んでも手配不能のコースであり、Imochanならではのきめ細かな 厳選メニュー「WithCompanyスペシャル」なのである。
当日味わった ディナー画像ここをクリック

タンタラスはむろん夜景が美しかったが、ふと足元を見ると草叢にゴミがいっぱいで、少々興ざめである。ココを訪れる観光客は勿論日本人のみでは無い、しかしこの様な光景は見たく無いものである。せめて我々日本人だけでもマナーは守りたいと強く感じたしだいである。
←タンタラス夜景、画面をクリックしてご覧下さい

様々な事があったが、この様にして滞在第一日目は終わったのである。

デュークスとライブカメラ
現地時間2002年8月13日
2日目の朝である。目覚めれば狭い部屋・・・と言う事で今日も元気に明るくハワイする事に致し、まずは朝食を食べに外出である。ホブロンのソバには、フードパントリーやJAX IN THE BOX等あり、安値で朝食が取り易い場所である。そんな中で見つけたのが、アラモアナ通りイリカイホテル前のホリデイン辺りにある怪しげなチャイニーズレストランである。入り口に大きくアメリカ人、日本人などと書かれており、かなりふざけた店である。
中を覗くと数人の客が朝食を取っており、かなり怪しげだが思い切って入る事にした。結果はマル! バフェスタイルだが、チャイニーズスープが美味く、他の料理もマアマアであった。
天気が曇りがちで、ハワイにしてはムシムシする気候であったこの日、昼間は大型バスでブラブラとツアー付属無料観光に出かけたが、何処も何度か訪れた事のある場所なので割愛する。ショッピングであるがコレも都合により割愛させていただく
さ〜てこの日のメインイベント、ハワイオフの時間 である。ヒルトンレインボータワー横の乗り場から6時11分のワイキキトロリーに乗車する。風を切り心地良く走るトロリーは、まさにハワイならではの乗り物と言えよう。(越前北の庄を走ると違和感がある)ロイヤルハワイヤンSCあたりで、よしP隊長と遭遇!しかし彼女はショッピング中につき先に集合場所に向う事にした。今回のオフ会の会場はデュークスである。暫し待つうちに、よしP隊長、RuiRui君 と言った顔ぶれが揃う。さらにハッシーさん夫妻が登場し念願のワイキキオフ会が始まった。よしP隊長とは面識があったが、他の方々とは初対面である。ハッシーさんは頼れるお父さんと言う感じの方で、圭子ママは思ったより小柄で感じの良いご婦人であった。そしていつも飛びハネているイメージのRuiRui 君は意外とシャイでまじめな好青年であった、この様なメンバーでオフ会が始まったのである。改めて思い知らされた事はネットの威力の凄さである。全く初対面の人間が会った瞬間から話題に事欠かない事も勿論であるが、何よりも祖国を離れた南の島で、本来ならば擦違うだけの人間同士を, 同じテーブルにつかせて居る現実である。
この日のメニューは盛り沢山で、スペアリブ(チョイと生なのが珠にキズ、でも味はイケた)にフリフリチキン(ストレートに美味かった)、シーフードたっぷりのパスタ(コレは結構好物)、それに迫力のサラダ群(サラダバーから好きなだけ持参)である。
ビールも美味く食も進むそして話も盛り上がり時は瞬くまに過ぎていった。

←ハワイオフの料理達!画面をクリックして、ご覧下さい

やがて時計が午後9時30分を告げる頃、胸のすく飲みっぷりでビールを飲み干し去っていたよしP隊長を除くハワイオフ会メンバー5名はワイキキビーチからの風を受けつつ、デュークカハナモク像前に佇んでいた。お約束のライブカメラ出演である。まさか自分が出る事になろうとは思っても居なかった為、正直はじめはちょっと恥ずかしかった。またハシー兄さん(コマネチ)やRuiRui 君(カエルジャンプ)などの必殺技が無い私は、何をするか迷ったが、ひたすら手を振る事に徹した。(コレだけでも結構恥ずかしかった)私の場合5人で一緒の出演であったので、勢いに任せ何とかなったが一人でライブカメラの前で手を振れと言われれば、その度胸は無い。その点!後日一人で登場し数々のパフォーマンスを披露した。RuiRui君は凄いな〜と思う。(しかもシラフで)
本題に戻る、記念すべきライブカメラ出演も終り、午後9時40分頃解散となり、楽しかったハワイオフは終りを告げた。 余談だが、ホテルへの帰路にインターネットカフェで某サイトを拝見したところ、早くもオフ会5人集のデューク像前の恥姿が多数貼り付けてあった。

漆黒の影
現地時間2002年8月14日
この日は朝からショッピングツアーを予定、午前9時にWithCompanyさんの車にピックアップしていただき、まずはコスコへ向う
到着し感じた事は店内の広さである。広いと言う形容よりもでかい!と言う方がピッタリ来るマーケットである。どの位の広さかと言えば、2人ががりで目的の物を探すのに、携帯電話で連絡を取り合った程である。
ショッピングセンターと言うより、ジャンボジェットが数機入る格納庫と言った広さである。 会員製のお店のため、一般の人が買い物をするには会費を払う必要があり、観光客用にはツアー会社さんが 観光用の会員証を貸してくれる。食べる機会に恵まれなかったが、出口近くの売店で販売しているホットドッグが 1ドル少々で飲み物まで付くバカ安のバカウマドックらしく、諸兄お立寄りのおりには是非お試し頂きたい。 昼過ぎにコスコを後にして、すぐ近くのワイケレアウトレットモールへと向かう此方の敷地の広さも驚きで、 モール内を無料のトロリーが運行しているほどである。

←ワイケレ画像、画面をクリックして、ご覧下さい

ワイケレでの最初に入った店は、クレージーシャツのアウトレットである。クリバンキャットがキャラクラーから外れて以来あまり興味が無くなったブランドであるが、アウトレットならばまだ残っているかと店内を物色、しかしクリバンキャットの変わりにRuiRui君を発見し、目指すクリバンキャットはもうアウトレットからも姿を消していた。彼は母上への土産を探しに来店した模様で孝行息子
の見本のような青年である。
昼食をとり別の店OLD NAVYを見ていると、今度はハッシーさんファミリーと遭遇!皆行動が酷似しており不思議な縁を感じるしだいである。圭子ママは昨夜とは 違い一家をまとめる母親の顔になっていた。この買い物ツアーでの私の戦利品は、プリンターインクと9ドルの帽子(キャップ)である。3時過ぎに迎えの車にのり買い物ツアー終了である。この日は6時過ぎよりワイキキ方面へ出没、ハワイ在住の方々と食事をした。レストラン入り口でぴいこさん、ター子さんのお二人と遭遇!過去にぴいこさんとは銀座のオフ会で一度面識がある。お二人は会社の同僚で数日前よりハワイ島で優雅にバカンスを楽しんでいた模様で、この日にオアフ入りしたらしい。なんとも陽気で楽しい名古屋娘達と席に付くと、入り口の方に漆黒のシルエットが2つ浮かび上がった。しっかり目をこらすと、ハワイ在住のシェリーさんとぷ〜さんであった。 シェリーさんと言えば堂々たる実業家のイメージであるが、とても気さくで美しい女性であった。ぷ〜さんにいたっては確かに色は黒いが、モデルさんと見まごうスタイルと美貌の持ち主であり、私にとってこの夜を境にして大きくお二人のイメージを転換する結果となった。
お二人は異国の地ハワイにて己が力で道を切り開いた敬服すべき女性達であり、現在は仕事も趣味も充実した人生を送っておられる様に拝察する。 暫し後にワイキキタクヤンとつぼちんも見えられて、総勢8名の賑やかな晩餐となった。タクヤン氏はこの日がバースデーという事で、レストランの粋な計らいにより、 特製プリンにキャンドルを立て、それをタクヤン氏に景気良く吹き消して頂いた。 そしてタクヤン氏の奥方は、なかなかの話上手で魅力的な女性でありました。楽しい会食は続き、特に ぴいこさんの豪快な買い物談義や、つぼちんのお話の上手さに大きな盛り上がりを見せた。この店で大変マウなデザートを食し、美味しかったので諸兄に是非ご紹介致したい。場所はロイヤルハワイアン1FのParadiso seefood grillで、デザートの名前は忘れたがムースの中にコーヒーの香が漂う逸品であった。

←デザート画像、画面をクリックして、ご覧下さい

ぐびぐびゴードン
現地時間2002年8月15日
滞在四日目、朝から体が重い・・・考えてみればハワイに上陸以来運動らしい事をしていないのである。 泳ぐ事すらせずに毎日食っちゃ寝の状態で、関取の様な生活を送っていたツケが4日目に著しく現れたのであろう! ただでさえ突き出たお腹が、さらに突出し体重の増加は著しいものであると思われた。「これはイケナイ」と危機感を 持った私は、とにかく歩く事にした。ウオーキングの手始めにアラモアナSCを経由してタワーレコード裏手のロス・ドレス・フォー・レスまで乗り物を使わず買い物に出る事にした。前日の雨のせいでこの日のホノルルは蒸し暑く、タラタラ歩いているだけで充分汗ばんでくる。さらに助手のぽなぺんがチョコチョコと早歩きのため、彼女のペースに合わせると結構な運動になった。時おり雲間から顔を出す太陽がアラワイ運河を照らし、川面に泳ぐ名も知らぬ小魚の銀鱗を輝かせる。 ロスでは安いアロハを物色しMサイズの掘り出し物を見つけた。しかし見る人によっては悪趣味と写るかもしれない柄であり、 アロハシャツには個人志向の差を如実に表す悪魔的な傾向が多分にあり、そこがこの服の魅力でもある。
アロハの話はさておき、ロスで掘り出し物のバックを見付けた。かなり確りした婦人用ハンドバックで 勿論本革製品である。デザインもそこそこなのに、16ドル〜19ドルの値段がついている。通常デスカウント価格で50ドル程度で販売されている物らしく、赤札の表示を取り消したあとが有る。
「かなりお得だ!」と思った私は、違うデザインの物を2個購入した。ひとつは不機嫌に留守番しているであろう母親へのご機嫌取りに、そうしてもう一つは「ぽなぺんバック」に採用された。ロスから再び歩いて帰る途中に、ハワイアンジュエリーの店を 発見、なんとショーウインド−に「ゝイヤンジュリー」と書かれた張り紙を発見面白いので即デジカメにて画像をキープ! ここからは関係者しか分からないネタになるが、「なんじゃこりゃ」用投稿画像に使わせて頂く事にした。 アラモアナSCまで歩いて帰ってくると、偶然ワイキキ方面行のトロリーが停車中!本来の趣旨を忘れコレ幸いと飛び乗ってしまった。 いったん帰宿後、昼飯を食べにアロハタワーマーケットプレイスへ向かった。もちろんダイエットの為に徒歩である(ウソ 本当はトロリー使用)ダイエット話の後に恐縮だが、アロハタワーでは私が密かに「ぐびぐびゴードン」と名づけた、Gordon Biersch Brewery Restaurantで昼食にした。何故に「ぐびぐびゴードン」なのかと言うと、私はここの地ビールが大好きで何時もグビグビと喉を鳴らし飲んでしまうからで 、 特にGolden Exportがお気に入りである。アウトサイドテーブルに席をとり一枚のビザをとホノルル港を肴に上手いビールを2杯飲んだ。まさに誠に至福の時と言える
←Golden Export画像、画面をクリックして、ご覧下さい

←Pilsner画像、画面をクリックして、ご覧下さい

明日は帰国と言う事で、帰国便の確認にツアーデスクへ行くと私の便は、早朝3:45モーニングコール4:15荷物回収6:15ツアーデスク集合になっていた。殺人的悪魔的スケジュールであり、このまま寝ないでいた方が良いのではないかと思ったりした。むくれていても仕方ないので飯を食いに出る事に致し、ハワイ最後の夕食はイリカイホテルのカヌードゥ ・アット・ ザイリカイを選んだ。夜風が涼やかな外のテーブルで、まずはマイタイ&チチを注文しメインはアヒとオノのソテーを食した。今回の旅では、幸運のなにハズレの食事が無かった。イリカイの食事もオノの塩加減がちょうど良く、極めて美味しく戴く事できた。
←美味しく飲んだ画像、画面をクリックして、ご覧下さい

←美味しいアヒのソテー画像、画面をクリックして、ご覧下さい

←なんとも柔らかオノのソテー画像、画面をクリックして、ご覧下さい

帰国
現地時間2002年8月16日
ついに帰国の日がやって来た。早朝3時30分用心のためにセットした部屋のアラームが鳴り目覚める。まだ外は暗くミッドナイトといった感じであり、これからひと遊び出来そうな雰囲気である。3:45に鳴る筈のモーニングコールは掛かってこなかった。用心のためのアラームを仕掛けておいて良かったとつくづく思うしだいである。簡単に身支度をして、もう2度と来ないと決めたワイキキホブロンを後にする。恐ろしく早く空港に着き、朝食などを取り時間をつぶし、搭乗時刻をひたすら待った。例によって「そば屋の出前」が得意なチャイナエアラインはこの日もおよそ20分遅れの搭乗となった。入り口で私のチケットを確認したスッチーさんは、タドタドしい日本語でこう言った。「奥の廊下のファーストの席へどうぞ」ラッキ〜!まさに晴天の霹靂であり、私の中のチャイナ評価が「そば屋の出前」から「愛の小鳩事業団」へと昇格した事は言うまでも無い。私の席はスチーさんの席の正面で前方1.5Mは何も無く、開放されたスペースになっていた。後ろを振り向くと私と同じ様にのラッキーな目にあった人達は、全部で8人程確認できた。勿論食事やその他のサービスはエコノミーあつかいだったが、個別TVでは数本の映画が見放題であり、何よりも帰国便は機内滞在時間が長いので広く余裕のある席は、何にも変え難いものである。この様にして2002年夏のハワイ旅行が終りを告げた。最後に私にとっての、ハワイとは様々な繁雑なものが追いかけて来れない、非日常な時間と空間を与えてくれる、素敵な場所である。いつの日にか、またこの場所に来る為に日々仕事に勤しむ自分が居るのだと考える。諸兄のご購読に感謝し、そして今回も素晴らしい思い出を創ってくれたハワイに感謝して筆を置く事にする。