私にとって旅は心の栄養を与えてくれるもの 
ハワイ旅日記
(2001年8月11日〜16日)

PROLOGUE・・幸運
2001年8月9日
もうすぐハワイだ!3年ぶりになるハワイに心が躍る!しかし会社の中では、平静を装い2日後に迫った出発を心待ちにしている。今回の旅には、一つだけ面白くない事がある。それは帰国便の時間が早く、ホテルを早朝と言うより、真夜中にチェックアウトしなければならぬ事だ!でもマア仕方ない、これも安いツアーを選んだ宿命と、半ば諦めの境地であった。しかし世の中と言うのは不可解なもので、この日の昼過ぎ私のデスクの上の電話が突然鳴り、出てみれば電話の主はメールでしか話した事の無い旅行会社の担当者だった。

担当嬢「あのうスミマセン、誠に申し訳ないのですが・・・・」との切り出しに、なにやら悪い予感が脳裏を掠める!
担当嬢「あのうスミマセン、ご帰国便の事ですがチケットがブッキングしてしまい、誠に申し訳ありません、もっと時間の遅い便に変更して頂けないでしょうか?」変更便はJAL75便!数時間遅い便である。まったく願ったり叶ったりの知らせに,嬉しさがこみ上げてくる。しかも相手は平謝りに謝っており、 この様な経験は久しくなく、なにやら銭湯の湯船で屁をこいて、周囲から感謝されている様な変な心持である。しかもあろう事かこの担当嬢は「せめてものお詫びの印として、ご帰国便をビジネスに変更させていただきますので、どうかお許し下さい」と云うではないか、これだけの吉報をもたらした上にスミマセンと申し訳ありませんを連発し、止めはチケットのグレードアップである。ここまでくるとこの担当嬢が、かわいそうになって来る。そこは適当に承諾し電話を切ったが、ほころぶ顔を抑え様が無く周囲から奇異目で見られた事はいうまでも無い。

出発!再度の幸運
2001年8月11日
出発の日が来た!朝からイベントの会場を抑えるため市内のとある公会堂へ向かう、運転中 頭をよぎる事は、あのチケットの事である。つまり通常の場合 航空券と云うものは、往復で処理され一対になっている物であるはず、したがって帰国のみがビジネスと云う事があるだろうか?私の考えはその一点に集中していた。実は同じような事が数年前ロスからの帰国便で起きている、その時は出発直前の変更であった為、慌しく機中に乗り込んでしまった。しかもノースウエストであった為、食事も思ったほどではなく ただゆったりと帰りの10時間を過ごすことが出来た程度に記憶している。しかし今回はJALである。 ビジネスの名称もエグゼクティブクラスと呼ばれており、なにやらゴージャス な予感が・・
仕事を済ませ一旦帰宅後、スーツケースを二つ積み再びハンドルを握る、いつもの首都高もこの日ばかりは、なにやら華やいで見える。途中 千葉県に入ると雲行きがおかしくなり、一寸先も見えない様な集中豪雨!徐行運転でかわして空港へ到着!早速チケットカウンターへ順番をもどかしく待つ、前に並ぶ6人家族のチケットはエコノミーである。私の番が来たパスポート、チケット交換券を出し荷物を預ける。ついにチケットが出てきた!前の家族のそれとは、明らかに異なる色の物だ!白地にパープルの模様、カウンターの女性がチケットを持ったまま「この度はご迷惑をお掛けしてウンヌン」私の心の叫び!「解ったから早くそのチケットをちょうだい」なおもカウンター嬢の話は続く「このシールは、万一お荷物の紛失があった場合ウンヌン」心の叫び「そんな事は知ってるよ!それより早くそのチケットよこしな」 さらにカウンター嬢は、搭乗時刻の事や出発ロビーまでの行き方等を話そうとしている。その間私の心の叫びは「知ってるからチョウダイ!早くそのチケットチョウダイ」最後にカウンター嬢はもう一度お詫びを言って、ようやく私にそのチケットを手渡した。
なんと言う事だ! ついに往復航空券がグレードアップしてしまった。どの場合も相手は、私に謝っているではないか、この様な理不尽な幸運がかつてあっただろうか? 逃げるように、カウンターを去り、雑踏の第二ターミナルを横切りレストランにてビールと枝豆を注文し、やっと人心地ついた.
---------サクラ ラウンジ------
レストランにて、改めてチケットを確認すると、チケットの端のほうに サクラ ラウンジの文字・・聞いたことがあるような気がする、もしかすると・・私の胸に再びゴージャスな響きが高らかに鳴り始める! とにかくソソクサと出国を済ませ、サクララウンジに向かう、サクララウンジの入口は重厚で大きな引き戸であった。前に立つと その重厚な扉が音もなくスライドして、私を受け入れた。正面が受付になっており、にこやかな受付嬢が迎えてくれた、どぎまぎしながらチケットを差し出すと、すんなり通してくれた。それだけではない、搭乗時間になったら案内をしてくれるとの事!それでは出発まで、ゆっくりくつろごうと中に入る。ラウンジ内は落ち着いた雰囲気のホテルのロビーと言った感じで、コーヒー 紅茶、日本茶など用意されており、高そうな洋酒がギッシリ!これら全てが飲み放題なのだ、
周りの人たちは、静かに雑誌などを読みくつろいでいる。周囲全てが、国際ビジネスマンか大金持ちに見えてくる、くつろごうと入ったものの 返って緊張し、トイレに行きたくなった。トイレの中で携帯が着信!誰かと思えば会社の若い講師からであった。「○×日のレッスン都合が悪くなったので、代講の講師を探してくれ」との内容
この様な処まで仕事が追いかけてくるとは・・・!いよいよ出発の時刻である。飛行機に乗り込む前シッカリとビジネスでマイルを記憶させ、搭乗ゲートへと向かう、案内が流れ搭乗開始!ここで少し優越感ファーストとエグゼは別の搭乗口からの案内となる。ランランと飛行機に乗り込む!席について見ると、これが広い、前のNWより広いのではないか?離陸前に飲物がサービスされ、待つこと暫しJAL2082便は離陸いたしました。
---------機中にて------
先ずは、映画である常に上映している物は、洋画が3本邦画2本で、専用のモニターで見る事ができる。この画面は優れもので、色々な事が出きるが驚きはインターネットも出来てしまうらしい事だ、 (あやふやに書いたのは、後で知った為)食事は本当に美味しかった。機内食として、和食と洋食が選べるのであるが私は和食を選んだ
←機内食、和食のメニュー画面をクリックして、ご覧下さい
その様な訳で、二度はめぐって来ないであろう、この貴重な時間を充分楽しみながら、 目的地に行きたかったのであるが、食事後調子に乗って飲みすぎつい寝てしまった。気が付くと到着40分前・・・少し物足りない気もするが、充分睡眠をとっての到着となった。。

ホノルル到着
現地時間2001年8月11日
明るい日差しの中ホノルル空港に到着、イミグレへと向かう、おなじみの2連結のトラムから降り、階段を下ると見覚えのある火山の絵が・・ 知る人ぞ知るモーハ島イミグレのキャラではないか!今頃,[なるほど]と思う 今回は珍しくイミグレで質問を受けた!簡単なものだったので怪しまれた訳では無さそう、外に出てツアーのバスに乗り込み一路ホテル街へ今回のツアーデスクはDFSの中にある。そこで色々説明を聞かされ解放された!ホテルは12時からチェックイン可能なので、飯を食う前にチェックインする事にした。 今回の宿泊はビーチコマー あの有名なマジックショーをやっているホテルだ、エスカレーターを上り2Fのフロントへ達者な日本語を話すスタッフが多い!直ぐにチェックインが済み部屋へと向かう、EVの中にはジョン広川のポスターが・・良く見るとより目だ!部屋に入ろうとしてカードキー差し込むがドアーが開かない、もう一枚も同じだフロントに文句を付けて新しいキーをもらう、今度はすんなり開いく チョイと部屋に入り各所を点検、バスタブが小さい!テレビの日本語放送チャンネルはKIKU・TVのみ、しかし値段の割にラナイからシッカリ海が見えて上々の景色だ!早速ABCに行きビールその他を購入しラナイでグビグビ あータマラン まさにハワイの実感!
←ビーチコマー24階の部屋景色、画面をクリックして、ご覧下さい
その後 日本よりモーハ経由で予約したオプショナルツアーの確認に、R&Cとか言うサーフライダーそばのツアーデスクに出向き、モーハ割引でオプショナルツアーを購入、(この時はまだImochanを知りませんでした)飯を食ってこの日は再びDFSへ行き、Slotで10ドルクーポンをゲット!さらにツアーデスクで貰ったトロリー乗り放題カードで、アラモアナSCへ行きブラブラとウインドショッピング、こうしてハワイの滞在5日間が始まり、まずは平穏なスタートを切った事に感謝感謝の1日であった。

気になる木、気になる霊感
現地時間2001年8月12日
朝から異常にお腹がすいた!こんな日はバフェに限ると!ペリーズ・スモーキーへ行き、思う存分食いまくる。その後お決まり市内観光であるが、3つのコースの中から一つを選び予約できるシステムなので、ハワイアンライフスタイルコースを予約した。最初にハワイ大学へ向かう、移動のバスの中はほとんど眠っていた。ハワイ大学で学内の植物等の説明を受けた。ソウセイジの木やレインボーシャワーと言ったものである。そして次の目的地マノア・マーケットプレイスへここで異変が起きた!初めて行ったショッピングセンターであるのに、なぜか来た事のある懐かしさである。バスから下車後、妻がトイレに行きたいと言う、何気に「トイレは2階、奥の階段を上がってすぐ」と軽快に説明・・はたして其処にトイレがあった!さらに「貴乃花みたいな名前の店があるはず」と私がつぶやく、確かにあった!花貴と言う名の花屋 が・・・言っている自分が怖くなった。まさに霊感と言えよう このショッピングセンターで、面白いものを発見 それはヤマハ音楽教室である。現在幼児科で使用されているキャラより古い「ミントとチェリー」のキャラが堂々と 正面に張ってある。講師は現地の人のようだ!クラビを弾いている。レッスンを受けている子供たちは5人、皆一生懸命エレクトーンを弾いている。型式を見ると日本には無い機種だ、多分小学生位だろうか、日本で云う児童科位の教材を使っているようだ!「GO!GO!ZOOではないな」イカン話が専門的になり過ぎた!進行を戻す。
←ハワイのマノアMPのヤマハ音楽教室 画面をクリックして、ご覧下さい
その後モアナルアガーデン に行き、例のこの木何の木を見た「モンキーポット」「アメリカンねむの木」色々と呼び名があるようである。まあその他諸々で、市内観光が終了!夕方からは、スリースターサンセットクルーズである。 その前に、ちょっとホテルのプールでひと泳ぎ!すっかり日焼けをしてカナリ 上機嫌、これから夕飯を兼ねてディナークルーズである。
-----偶然の出会い-------
以前にサンセットクルーズは経験しているが、今回同行の妻が未経験の為行ってみる事にした。出航場所の港はアロハタワー横にあり、私達が到着すると、既に準備万端整った形になっていた。それにしても大きな船だ、以前13年程前に経験したディナーCは小さな船だった記憶がある。案内されるまま船に乗り込み席につくと、なんと後ろの席に見覚えのある顔が! 先方も驚いている様子、同業他社のマネージャーさんではないか?頻繁に会議やイベントで出会う顔である。このような場所で偶然に出会うとは正に驚きである。社交辞令の挨拶を交わし席につくが、まだ信じられない! やがて 船が港を離れ食事が運ばれてきた。なんと豪華な食事であろうか! 赤い大きなロブスターが、一尾丸ごと皿に乗っている!これが一人前である。 マイタイを飲みながら、食事を戴く他にもサラダ、オードブル、ステーキ等 盛りだくさんの食事であった。食べる事に集中していると、サンセットの時刻になった。ワイキキビーチを一望しながら眺めるサンセットは最高であった。
←船からのサンセット画面をクリックして覧下さい
その後すっかり日も暮れて、船上ではハワイアンショウが始まった。カナリの盛り上がりであり、お客さんのノリも良い!このクルーズは結構楽しめた、お勧めである。 料金は確か110ドルだったと思う、モーハ割引で105ドルにしてもたったが、Imochanに頼むともっと安かったようだ、今度は必ずお願いしよう!多忙ながら楽しい2日目が終わった。

怪しいカフェ!
現地時間2001年8月13日
やはり朝からお腹がすいた!グーグーである。今日の食事はどうしようと、考えながら表に出る。カラカウアには向かわず、ホテルの裏手インターナショナルマーケットプレイス横を通り抜け、クヒオ通りに出る。交差点で信号待ちをしていると、目に入ったのがJack in The BOX あそこで朝飯にするかと思い信号を渡るが!しかし手前の店の客引きに引っ掛かり、JAKINのとなりの店に入ってしまった。かなりキテル店で決して綺麗な店では無かったが、大きなパンケーキが美味しくスクランブルエッグもマアマアであった。 この日はポリネシア文化センターへ行く予定、ピックアップは1時なので時間がある。クヒオをブラブラしていると、インタネットと書かれたチラシを入手!インターネットカフェである。行ってみる事にした、しかしコーヒーショップレストフンではないが、インタネットもハワイならではと思いおかしくなる。
←インターネットカフェのチラシ画面をクリックして覧下さい
インタネットへ入ると韓国人と思われる亭主がいて、ニコニコ手招きで、空いてるPCに案内してくれた。周りを見ると2メートル位の黒人や白人が鼻息荒くキーボードを叩いている。沈黙が支配しキーボードの音だけが響く怪しい空間であった。自分の使うPCからとりあえずモーハワイネットとコーヒー&レストフンに入り、皆さんに状況報告をした。この直後私にディーク像のライブカメラへの出動命令が下るのだが、インタネットを出てしまった私は知る由も無くPCCへと向かった。
突然ではあるが「チャイナマンズハット」皆さんは、この名前を聞いたことがあるだろうか?かつてモーハワイコム編集記でしゅん氏が紹介した中華料理・メイプルガーデン 名物料理の名前である。この料理名の由来は、ハワイにある奇岩チャイナマンズハットから来ている。PCCに向かう車中 海に浮かぶチャイナマンズハットを見た!「茅ヶ崎の烏帽子岩に似ている」それが私の感想であった。トイレ休憩のノリコズジュエリーと言う店の駐車場から小さく見たが、バスが発進すると、徐々に大きくみえはじめた。やはり烏帽子岩に似ている!それだけの事ではあったが印象に残った。 。
←チャイナマンズハット!画面をクリックして覧下さい
実はPCCも今回で2度目なのだ!やはり13年前に行った事がありその時の印象なのだが、おぼろげである。多分ポリネシアショーの間寝てしまったのであろう!今回は絶対寝ない決心でツアーに参加!入り口から我々を案内してくれたガイドさんは、GAMIさんと言う方で日本語のとてもうまい!若いお嬢さんであった、センター内を案内してもらいキコリでは無く、椰子の木のぼりやココナッツジュース、火起こしのショーを見た後、カヌーに乗り何本も橋をくぐる、 頭スレスレに通過する橋くぐりは何ともスリリングである。何本目かの橋をくぐっている途中、ゴンと言う大きな音が後ろでカヌーを操る青年が頭を抑えている!かなり痛そうだ!船中に緊迫が走る!青年は何とか船を操り岸に着いた.「Aer you OK!」の声にニカッと笑った青年は「イヤー 大丈夫す。あれウソっす」とこのハリウッドスターのような顔だちの青年は笑うのである。 話を聞くと、橋をくぐる直前オールの柄で橋をゴンと叩いて後は芝居をして見せたらしい。ちなみに明らかに外人顔の青年が、「あれうそっす」は、ねえだろう!こうなるとガイドのGAMIさんも疑いたくなる。妻が「GAMIさんは何処の国の方ですか?」と質問、なんと意外な答え「私日本人ですよ」ですって GAMIはニックネームで、本名はツグミさんと言うらしい、後はIMAXでぐっすり寝て!ハワイ最大と言われるポリネシアショーを堪能した。このような一日であったが、如何であろうか?書いている本人がソロソロ飽きてきた。 多分読んで戴いている貴方も飽きた頃では無いだろうか?四日目は割愛してこの旅行記を終わりにしたいが・・・!誰かに怒られそうなので、最後まで書く事にする。。

うまい地ビール!
現地時間2001年8月14日
ついに明日は帰国と言う日になった。最後のフリーな一日である。この日も朝から腹が減った!モスバーガーに行って朝のメニューをいただく、ガラガラの店内に日本人のおじさんが一人、なにやらオドオドしながら注文している。とにかく腹が減ったのでその辺のメニューのやつを適当に注文して席まで運び、むさぼり食う!お腹が満ちた処で散歩がてらトロリーに乗るレッドラインでアロハタワーマーケットプレイスへ向かう、このトロリーが問題で、乗っても乗っても乗ってもアロハタワーに着かないのである。ワードセンターあたりからビショップ方面へ向かい、どんどん遠くなる一方!さらに頼みもしないのに、ドライバーは歌を謡い、パンチボールにまで行くのである。 ようやくアロハタワーに到着したが、1時間30分も掛かっている。セッカチな日本人としては、大変な試練である。何とか気分を治すためアロハMP2Fの展望台にて海を見ていたら、急に腹が減った!下を見るとGORDON BIERSCHがあるではないか!早速地ビールとピザ堪能させて頂き、AGAIN地ビール!少しほろ酔いであるためピザを零す。テーブルの下を見ると チョウショウバト(別名プチ鳥)が、零したピザの耳を啄ばんでいる。なんともカワイイので遂エサを与えてしまう!しかしハワイの法律では増えすぎてしまうため、エサを与える事は禁止されているらしい。とにかく美味しく地ビールを戴き、満足してワイキキに還る。このあとワイキキで妻の買い物に付き合い!3軒もバックの店を廻ってコーチのバックを購入、ロイヤルハワイアンのイタリアンレストラン「VILLA PARADISO」で飯を食った。ここもまあ美味かった。こうしてワイキキ滞在最終日が終わった。 。

ワイキキパニック!
現地時間2001年8月14日
いよいよ帰国の日である。朝から腹が減った!帰国便がJAL75便に変更になっている為 6:30に起床 荷物をポーターさんに渡して、ゆっくり朝飯を食いに行ける。クヒオのデニーズへ行った。お気に入りのメニューがココにあるのだ、グランドスラム(満塁ホームラン)と名付けられたスペシャルはパンケーキ、卵料理、ソウセージ、ベーコン、オレンジジュースのセットだ!実は同じようなメニューは日本のデニーズにもあるのだが、日本だろうが、ハワイだろうが好きなものは好きなのだ!美味しく朝食をとりホテルへ戻るチェックアウトを済ませて、ツアーデスクへ向かう到着時と違うツアーデスクで、プリンセスカイウラニにの端にあるジャルパックオフィスである。 とても立派な体をしたお姉さんと、ぎりぎりお姉さんが迎えてくれた。待つこと暫し、ピックアップのバスがくるはずなのだが来ない!とても綺麗だがギリギリお姉さんの係の人が、慌ててあちら此方に電話を掛け捲っている。端々に聞こえる情報は、事故! カラカウア通行止め!ガス爆発!穏やかでない事ばかりである。事情を聞けばカラカウアはこの数日前より工事をしていた。片側一車線を制限していたが、何かの拍子に大型タンクローリーが工事でできた亀裂にハマリ、しかも道路に埋没していたガス管に接触爆発の危険がある為、カラカウアは車両通行止めになっていると言うではないか?ひょっとしたら帰国が一日延びるかもと期待が胸をよぎる、結局ハナウマに行っていたバスが急遽呼びも戻され!我々を空港に送ってくれる事になった。この時点で30分以上遅れている。裏道を通りハイウエイへ入る。空港からワイキキ方面まで、びっしりと車が止まっている。そう渋滞と言う言葉は使えない程である。陽気に話をするドライバーさんは、サーファーチャンピオンで来月日本へ遠征すると言う・・とても得意気である。「日本人は忙しいね!仕事も、遊びも忙しいよ」と云って日本人を批判するサーフチャンプは、実は今自分が一番忙しい事に気づいていない様子!やっと気づいたのか「ヤバイ」っと日本語で驚き、我々を下ろした後このモータープールの様な道を、戻らなくてはならぬ自分の運命に、やっと気づいたご様子である。「今日はワイフのバースディ、仕事早く終わる予定だったのよー」とがっかりしている。かわいそうだが、どうする事もできない!ワイキキより我々を運んだバスは空港に到着した。これでハワイの旅も、終わりである。あー長かった・・・・と思いきや!ホノルル空港のサクララウンジで、あのヒロミ ゴーに遭遇!なんとも波乱の幕開けの旅は、最後にこの様な形で幕を閉じるとは、予想がつかない事であった。JAL75便のエグゼ席も快適で、帰国便も食事は和食にしました。最後に帰国便の和食メニューを掲示して、この旅行記を終りにいたします。
←帰国便の機内食メニューです。画面をクリックして覧下さい