私にとって旅は心の栄養を与えてくれるもの 
ハワイ島・オアフ島の旅
2005年4月29日〜5月5日

現地時間2005年5月2日(4日目)
滞在4日目、とうとう最後まで早朝に目覚めてしまった。 まだ暗い中を昨日、一昨日と同様にホテル内をウロウロと動き回る。そしてこれまた同様に従業員用のコ-ヒーを失敬して、 いっぷくをつける。 やがて鳥たちのざわめきと共に、朝が訪れ2005年5月2日が動き出した。
ボート・ランディング・パビリオンから水面を見ると、1メートルは あろうかと思われる大きな鯔(ボラ)が激しく動き回っていた。因みにボラは日本では出世魚といわれ、 私の住む関東では、(いな) ・(ぼら) ・(とど)と呼び名が変わる。さしずめこの時の鯔は大鯔(とど)級の大きさであった。
「とどのつまり」と言う言葉は、この魚から来ている。他にも時代劇や落語で「粋(いき)でイナセないい男」と表現される、 イナセはこの魚の背中(丸みが無く、真っ直ぐ)をモチーフにした、髷(まげ)の形が江戸時代に魚河岸を中心に流行った事に準える。

早朝の散歩を終え部屋に戻る。そんな訳で6時15分モーニングコールの時間には、2人とも既に起床していた。
コナ空港へ向うバスは8時15分なので、だいぶん時間がある。ドアの隙間から申しわけなさそうに請求書が 差し込まれていた。内容を見るとバレイの料金が載っていない。 怪訝に思いホテルに確認すると請求を忘れた方が悪いので、それは払わなくて良いとの返事だった。 さばさばしたところは、いかにもアメリカだなぁと思った。 とにかく簡単に朝食を済ませて、最後の想い出にワイコロアビレッジを散策し滞在したホテルに別れを告げる。
毎日通った空港への道を車窓から眺め、コナ空港へと向かう。ホノルルまでの便はJAL79便、この日成田から 到着し客を降ろしたばかりの機体である。
大手航空会社といえども効率よくフル稼働で運用するのが、 今の常識なのだろう。
それは大いに結構だが、整備と操縦には抜かりなくお願いしたいものである。
コナ空港の出発ターミナルは実にワイルドな造りだ、端的に言えば単なる広場である。 これは世界の国際空港でも、類をみない画期的な発想と言えよう!
必然ジリジリとした陽射しの中でわずかにある日影の選び搭乗を待つ人の群れができる。 屋根のある土産物屋とレストランは大繁盛である。
土産物屋の手先が設計したに違いないこの空港は、 飛行機に乗るのも豪快で、搭乗者は滑走路を歩きダイレクトにタラップで飛行機に乗らなければならない。 間じかで見る747はビルより大きく、その翼は南国の陽射しに鈍く輝いていた。

↑コナ空港のジャンボ機

機内に入り着座をすると同時に、眠気が襲ってきた。ウトウトしているとアナウンスが入り、離陸が遅れるとの 知らせであった。「ご隠居、急ぐ旅ではねえし、あっしならいっこうに構いやせんぜ」と風車の弥七風に に呟いていると、意外に早く離陸となった。10分遅れで離陸した79便は、驚くべき速さで飛行したようで、 定刻より早くホノルル空港に降り立った。そのスピードたるや尋常ではなく、機内ドリンクサービスをする暇も 与えない速度であった。


ワイキキへ向かうツアーバスに小気味よく乗り込んだのだが、なかなか出発しない。どうやら客のスーツケース に破損があり、クレームをつけている模様である。らちが開かないのでクレーム客を残し、出発のはこびとなった。 NIMITZ HWYをワイキキへ向かう道はハワイ島の道と異なり、めっぽう車が多い。田舎から都会へ一気にワープした結果、 軽いカルチャーショック状態となり、きびきび動く街の景色にちょっぴり反感を持つ自分が居る。

カラカウアを左折し、ワイキキジョイ側からDFSの駐車場に入りめでたく到着。
ツアー会社の説明会をパスして、 5ブロック先のテディ−ズビガーバーガーへ向かう。(この時点で空腹は限界に達しつつあった
パクリとかぶりつくハンバーガーは、 懐かしく濃厚な味であった。ハワイにもハンバーガーショップは多いけれど、私はテディーズが一番好きだ。

カピオラニパークの緑を愛でつつ、暫く休憩をとる。この間にるいぽんへ電話をして、オアフ到着を報告した。 さてさて満腹になったため、次はホテルへチェックインである。
アストンワイキキビーチの横に、トロリーが止まっていたので、 これに飛び乗った。おかげでヒルトンハワイアンビレッジまで、ひとっ飛びでついてしまった。
予想以上に早かったので、 チェックインタイムに数分早い、しかしフロントへ行くと快く応じてくれた。
さらに宿泊2度目以上の客にくれる、記念品を プレゼントしてくれた。ワイコロアもヒルトンだったので、セカンドタイムプレゼントと言う訳であろうか?
とにかくチェックイン できたので、部屋に向かうことにした。ハワイアンビレッジは9万平方メートルの広大な敷地の中に6つのタワーがあり、 さらに6つのプール22店のレストラン&バー90店以上のショップがあるワイキキ最大のビックリゾートホテルである。
今回の宿泊はタパ・タワー、カテゴリーはパーシャルオーシャンビューなのだが、指定された部屋は29階であった。 ここでなにやら素敵な予感!部屋に到着しカードキーを差し込み入室してみると。

↑ミニバー

ヒルトンブランドのアメニティーの数々、そして広いツインベットの部屋

らさにさらにパーシャルオーシャンビューとは、思えぬこの景色。


↑ダイヤモンドヘッドも見える景観

かなりのお徳感があり、部屋は満足であった。
しかし部屋にじっとして居られぬ私の性格、尻を据える暇も無く外出し、
まずはレインボーバザールにあるABCストアーへ向かった。
ABCでしこたまビールを買い込み、ブーメランのように部屋に戻る。
ハワイで飲むビールはバドワイザーと決めている。 バドはコクが少なく苦味も無い、例えて言えば咽ごしのある水なのだ。 貿易風に吹かれ、晴れた空を眺めながら、一気に飲み干すバド缶は爽快そのものであり、まさにハワイを意味するものなのだ。


今回のホノルル滞在は短い、つまり土産を含め様々な物を短時間で買わねばならない。
そんな訳で休む間もなく、アラモアナセンターへ行って見ることにした。ハワイアンビレッジからは、 歩いて行ける距離なので、風に吹かれて歩くことにした。しかしこの事が後の災いになるとは、この時は知るよしも無かった。
アラモアナセンターは、いつものように賑わっていた。日本の繁華街と違い、その賑わいの中にゆとりがあるのがハワイのショッピングセンターの 良いところだと私は思っている。
数件の店を覗きながらブラブラ歩いていると、アラモアナセンターの反対側に出た。
ケアモク通りをロスドレスフォーレスへ向かい、ここで土産の品々を物色した。 今回、私の目を引いたのはケアモクにできた巨大なウォ−ルマートだ。 真新しい建物が、どこまでもどこまでも続く景観は驚くほどであった。
やじうま根性で立ち寄ってみたが、店内は後悔するほどの 大きさだ。例えて言えば少し上品なコスコ、それが率直な感想である。暫くウロウロしたが、だんだん店の巨大さに腹が立ってきた。
なぜならば、ベーキングパウダーひとつ探すにも大変な苦労でった。定員さんに聞きながら辿り着いた売り場には、パンを造るホームベーカリーの 様な機械が並んでいた。結局、店の強大さに負け殆ど買い物も出来ずにウォ−ルマートを後にした。
惨めな敗北感から、歩いて帰る気力を失い トロリーを利用し帰る事にした。
いつもの様にクヒオ通りとコナストリートの間にある乗り場で暫く待っていたが、待てど暮せどワイキキトロリーの姿が ない。それどころか待合の広いベンチに座っているのは、我々2人のみなのだ。それでも20分近くトロリー待ちをしただろうか、歩いていたらとっくにホテルに 着いている時間である。
あまりに変なのでアラモアナセンターの反対側へ廻ってみたら、なんと次々に入って来るワイキキトロリーに、続々乗り込む人の 群れが・・・・
なんと我々の知らぬ間に、トロリー乗り場は移動していたのだ。ここ数年レンタカーばかり使ってトロリーを利用しなかったため、 乗り場が移転したとも知らずに、無人の旧乗り場にて日が暮れるまでトロリー待ちをしていた。
悔やんで見てもせん無き事だが、我ながら滑稽さに呆れる思いであった。


ホテルに戻ったら、すっかり日が暮れており既にラナイの景色は夜景に変わっていた。
しかし、そんな時でもメシは喰わねばならずお腹もすいていた。色々考えたがホノルル最初の晩飯は、 隣のホテル(イリカイホテル)にあるレストラン、カヌー・ドゥ・アッツ・イリカイで食べる事にした。
このレストランは好みの店で、夕方に行くとイリカイヨットハーバーに沈む夕陽が綺麗なのである。
だがこの日は夜も遅く、間もなく店じまいの時刻なっていた。そんな訳で店内は客も疎らで、ガランとした 雰囲気だったが、気にせずアウトサイドテーブルをキープ。メニューを眺めていると、目に止まった料理があった。
それは「Seafood Pasta with Miso Ginger Sauce 」と言う料理で、直訳すればミソと生姜の海産物パスタとなる。しかも最近なんたらとか言う賞を、受賞した料理らしい。 一口食べてみたら、これがなんとバカウマ。日本人の口にピッタリフィットして、もう容易に離れない代物だ。 嬉しい事にマイタイとの相性も良い。
こうして昼間の敗北感などすっかり忘れてしまった私は、上機嫌でHHVへの帰途に着いた。 途中ワールドバザールでいっぷくしていると、Ryanさんから電話が入った。この日ハワイに到着したばかりのRyanさんは、 マイタイバーで宴会の真っ最中だと言う。なんと掟破りの逆時差攻撃と言う無謀な手段で、到着初日を過している模様だ。 そうと聞いては黙っておられず、我々もマイタイバーでへ急行することにした。
タクシーを飛ばし10分後に、ピンクパレスに到着した我々は 突発的にやって来た深夜のハワイオフに、胸躍る気持ちであった。
舞いたいバー、もといマイタイバーのアウトサイドテーブルには、るいぽん、プチさん、よしP隊長、Ryanさんの4人がかなり盛り上がっており。
ダイヤモンドヘッドもかすむ勢いで、飲み続けていた。よしP隊長はフラダンサーのお姐さんと熱く語り合っている最中で、なにやらリクエストをしている様であった。 それは英語堪能の隊長にしかできない、ハワイアンナイトの楽しみ方なのだ。
初めて会うRyanさんは、とてもスマートな美人さんだった。 そんな彼女のどこに時差を吹き飛ばし、この掟破り・深夜パワーオフを断行する力が宿っているのか、とても不思議なRyanさんであった。
散々飲んで、しこたま喰って、皆でワイワイと賑やかなハワイの夜は実に楽しいひと時であった。


5/3ハワイ最終日へ

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