私にとって旅は心の栄養を与えてくれるもの 
ハワイ島・オアフ島の旅
2005年4月29日〜5月5日

出発編
2005年春プロローグ
話は2004年暮れからはじまる。
私は毎年恒例、職場の年間予定表を造っていた。カレンダーが4月にさしかかり、ふとある事に気づいた。
それは毎年ゴールデンウイークに決まって行っていた、あるイベントの会場抽選を次回はパスできる事である。 つまり2005年GWは、なんと10数年ぶりに全くのフリーなのだ。
これはもうハワイに行くしかない!と言う事で早速JALに電話をした。しかし時既に遅し、全便満席との 返事が返ってきた。冷静に考えてみれば当たり前なのだが、歳も押し迫った頃にGWのPEXが取れるはずは 無いのだ。しかし一旦火のついた心の炎は消すことが出来ない。「前売り悟空7」ならばキャンセルまちが 可能と言うことを突き止め、早速申し込みをすませる。
どうせ行くのならば、今まで踏ん切りがつかず見送った、 あのBig Islandハワイ島へ行こう!と思い立った。
かくして2005年4月29日出発の、ハワイ島オアフ島の 旅計画が動き出した。

歳も革まり2005年となっても、いっこうにJALからの連絡はない。もちろんホテルや レンタカーの手配もできないままである。
そこで、押さえとして旅行会社のツアーを申しこんでおく事にした。 ツアーならば、なんとか取れるだろうとタカをくくっていた。しかしそんな考えの甘さにを痛感する現実が、 私を待っていたのだ。
申し込むツアーは全て満席の状態であった、最後の手段とばかり某航空会社系「AVA」の ツアー発売日(2/3(木)14時発売)に、間髪を入れずに申し込んだのだが、結果はキャンセルまちであった。
さすがにゴールデンウイークの競争率の高さを思い知った。
すがる思いでAVAのキャンセルまちにも申し込み、 後は運を天に任すことにした。

やきもきしながら待つこと数週間、2月も終わりに近づいたある日のこと JALパックから待望の連絡が入った。
内容は「ホノルルでの宿泊が、希望のホテルではなくHHVになりますが、 如何でしょうか?」と言うもであった。本当はロケーションの便利な、シェラトンワイキキを希望していたのだ。 しかしそうも言ってられない状況に、この際OKを出すことにした。
かくして4月29日出発  AVA アイランダー  ハワイ島+ワイキキ7日間 【5泊7日】 コース番号:JZ4307A 
 ヒルトン・ワイコロア・ビレッジ(パーシャルオーシャンビュー);3泊/ヒルトン・ハワイアン・ビレッジ(パーシャルオーシャンビュー);2泊利用   *お食事無し  のパック旅行に今回は決定となったのだ。(まずは、めでたし)




そうと決まれば、やることは沢山ある。レンタカー予約にオプショナルの手配etc
がぜん忙しくなってきた。 まずは無料でとれる、レフア号を予約。続いてマウナケア「夕日と星空ツアー」もネットから予約した。 レンタカーはダラーのワイコロアビーチマリオット営業所にて、ミッドサイズカーを予約した。 これにて準備は万全!あとは便名確定後、成田のパーキングを予約するだけである。
詳しい事情はここでは語れないが、<本当は話したくて、しょうがないのだが・・・> 非常に稀有な状況で濡れ手に粟の600ドルも手に入り。(知りたい人はメールください) ハワイ島へ秒読みとなったある日、ダラーから連絡が入った。
なんとワイコロアビーチマリオットの営業所が閉鎖になった。 だからコナ空港の営業所で借りて欲しいとの事だった。
ガーンと衝撃が走った。何故ならコナ空港の営業所まではタクシーで行っても40ドルはかかるのだ。
しかしホテルまでダラーがピックアップに来てくれると言う事で話がついた。
だがこれが後々たいへんな事になるのだが、 それは回を追って説明してゆこう!とにかく後は出発の日を待つのみとなった。

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